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東京地方裁判所 平成元年(ワ)16347号 判決 1997年9月30日

原告

安國火災海上保險株式會杜

右代表者代表理事

孫京植

台灣中國航聯産物保險股份有限公司

右代表者董事長

范德峯

右両名訴訟代理人弁護士

藤井郁也

中田明

右訴訟復代理人弁護士

松村幸生

被告

新和海運株式会社

右代表者代表取締役

谷川明

右訴訟代理人弁護士

平塚眞

錦徹

津留崎裕

小林深志

山田亨

主文

一  被告は、原告安國火災海上保險株式會社に対し、アメリカ合衆国通貨金四六万一三〇五ドル六七セント及びこれに対する一九八九年七月二七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告台灣中國航聯産物保險股有限公司に対し、アメリカ合衆国通貨金二〇万七九九五ドル八四セント及びこれに対する一九八九年七月二七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

五  この判決は、第一項及び第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  原告らの請求

一  被告は、原告安國火災海上保險株式會社に対し、別紙船荷証券目録一記載の運送品を引き渡せ。

二  被告は、原告台灣中國航聯産物保險股有限公司に対し、別紙船荷証券目録二記載の運送品を引き渡せ。

三  被告は、原告安國火災海上保險株式會社に対し、アメリカ合衆国通貨金四六万一三〇五ドル六七セント及びこれに対する一九八八年一二月一八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

四  被告は、原告台灣中國航聯産物保險股有限公司に対し、アメリカ合衆国通貨金二〇万七九九五ドル八四セント及びこれに対する一九八八年一二月一八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  事案

本件は、損害保険会社である原告らが、貨物船の難破により貨物の引渡しを受けられなかった荷主らの権利を保険代位によって取得したとして、定期傭船者である被告に対し、船荷証券上の運送契約に基づいて貨物の引渡しを請求するとともに、運送契約の債務不履行責任及び不法行為責任を追及して損害賠償を請求した事案である。

二  争いのない事実等

1  当事者

(一) 原告安國火災海上保險株式會社(以下「原告安國」という。)は、大韓民国法に準拠して、原告台灣中國航聯産物保險股有限公司(以下「原告中國」という。)は、中華民國法に準拠してそれぞれ設立された、いずれも損害保険を業とする株式会社である。

(二) 被告は、海上運送業を営む株式会社であり、本件事故当時、貨物船カムフェア号(以下「本船」という。)の定期傭船者であった(争いがない。)。

2  難破事故

本船は、一九八八年一二月二日、パプアニューギニアのラバウル近辺から、別紙船荷証券目録記載一、二(以下、それぞれ「本件船荷証券(一)」、「本件船荷証券(二)」といい、併せて「本件船荷証券」という。)の貨物(以下、それぞれ「本件貨物(一)」、「本件貨物(二)」といい、併せて「本件貨物」という。)を積載して、最初の目的地である台湾の台中に向けて出航した。本船は、その後ルソン島南端沖合のラプラプ島から北東約0.5海里の地点まで航行したが、同月一八日、同地点において難破事故を起こし、第二船倉において船体が断裂し、着底沈没した(以下「本件難破事故」という。)。そのため、本件貨物は全損し、引渡しが不能となった(甲六の一、二、甲七の一、二、甲二〇)。

3  保険代位

(一)(1) 青丘物産株式会社(以下「青丘物産」という。)は、一九八八年一二月五日ころ、ホールドクラウン・リミテッド社から、本件貨物(一)を大韓民国群山港シー・アンド・エフ価格(保険料を含まない運送賃込みの値段)アメリカ合衆国通貨四六万一三〇五ドル六七セントで買い受け(以下「本件売買契約(一)」という。)、本件船荷証券(一)を譲り受けた(甲一の一の一、二、甲一の二の一、二、甲三の一、二)。

(2) 青丘物産は、本件売買契約(一)の締結に先立ち、原告安國との間で、貨物海上保険契約(以下「本件海上保険契約(一)」という。)を締結した(甲四の一、二)。

(3) 原告安國は、一九八九年二月一三日、青丘物産に対し、本件海上保険契約(一)に基づき、本件貨物(一)の引渡不能についての保険金として、大韓民国通貨により、当時の為替レートで前記(1)のシー・アンド・エフ価格を下回らない三億七八〇六万八二四〇ウォンを支払い、これによって、青丘物産が運送人に対して有していた損害賠償請求権の全部を代位取得した(甲五の一、二)。

(二)(1) ジェー・シー・バイイング社は、一九八八年一二月三日ころ、パシフィック・インターナショナル社から、本件貨物(二)を台湾台中港シー・アンド・エフ価格アメリカ合衆国通貨二〇万七九九五ドル八四セントで買い受け(以下「本件売買契約(二)」という。)、本件船荷証券(二)を譲り受けた(甲一四の一、二)。

(2) ジェー・シー・バイイング社は、本件売買契約(二)の締結に先立ち、原告中國との間で、貨物海上保険契約(以下「本件海上保険契約(二)」という。)を締結した(甲一三の一、二)。

(3) 原告中國は、一九八九年二月二二日、ジェー・シー・バイイング社に対し、本件海上保険契約(二)に基づき、本件貨物(二)の引渡不能についての保険金として、中華民國通貨により、当時の為替レートで前記(1)のシー・アンド・エフ価格を下回らない六四三万八三〇三ニュー・タイワン・ドルを支払い、これによって、ジェー・シー・バイイング社が運送人に対して有していた損害賠償請求権の全部を代位取得した(甲一五の一、二)。

4  原告らの船荷証券の所持

(一) 原告安國は、裏書の連続した本件船荷証券(一)を所持している(甲一の一の一、二、甲一の二の一、二)。

(二) 原告中國は、裏書の連続した本件船荷証券(二)を所持している(甲二の一の一、二、甲二の二の一、二)。

5  船荷証券の発行及び同証券上の記載

(一) 被告の代理店であるバーンズ・フィルプ(ピー・エヌ・ジー)海運運送会社は、本件船荷証券に、「船長のために(For the Master)」との記載に続けて、「新和海運株式会社 代理人として バーンズ・フィルプ(ピー・エヌ・ジー)海運運送会社(By SHINWA KAIUN KAISYA,LTD.,as Agent BURNS PHILP (PNG) LTD. SHIPPING AND TRANS-PORT」)などと署名した。

(二) 本件船荷証券の上部には、SHINWA KAIUN KAISYA,LTD.と大きく表示されている(甲一の一の一、二、甲二の一の一、二)。

6  船荷証券裏面約款の規定

本件船荷証券裏面約款には、次の趣旨の条項が規定されている(甲一の二の一、二、甲二の二の一、二)。

(一) 本船荷証券において、「運送人」とは船主又は裸傭船者をいう(一条)。

(二) 本船荷証券により証される契約は、貨物所有者と船主ないし裸傭船者との間の契約であるから、運送契約の違反ないし債務不履行による貨物の滅失毀損については、それが堪航性に関係するか否かを問わず、船主又は裸傭船者のみが責任を負う(二条一項)。前項の規定にかかわらず、他の者が以下の規定により運送される貨物の運送人ないし寄託者であると判決された場合は、法律又は本船荷証券により運送人のために規定された責任の限定及び免除並びに権利及び特権は、当該者について適用するものとする(同条二項)。船長に代わり、又は船長のために本船荷証券に署名した運送会社又は代理人は、契約の当事者ではないので、運送契約から生じるいかなる責任も負うものではないことを同意する(同条三項。以下「デマイズ・クローズ」という。)。

(三) 本契約に基づいて発生する運送賃その他の代金はすべて、新和海運株式会社に支払われるべきものとする(一三条一項)。新和海運株式会社は、本船荷証券に基づいて貨物、荷送人又は荷受人が支払うべきすべての運送料、料金その他の金銭並びに他の貨物の運送及び取引により荷送人及び荷受人らが新和海運株式会社に対して支払うべき運送料、料金を被担保債権として、貨物に対して留置権及び先取特権(リーエン)を有する(同条二項)。

(四) 本船荷証券によって証される契約は、本船荷証券中に他に特段の規定がない限り、日本法により規律され、及び解釈される(四条)。

7  定期傭船契約の規定

被告と旧船主キングスター・シッピング・インク、新船主ブルー・シー・マリタイム・コーポレーションとの間のニューヨーク・プロデュース・フォームによる定期傭船契約には、次の趣旨の条項が規定されている(甲一九の一、二)。

(一) 傭船者は、すべての燃料費、港費、水先料、代理店手数料その他の通常費用を負担する(二条)。

(二) 船長は、船主によって選任されたにもかかわらず、本船の使用及び代理業務に関して傭船者の命令に従わなければならない(八条。以下「船員使用約款」という。)。

(三) 傭船者に、船長、士官又は機関士の行為を不満とする相当な理由がある場合には、船主は、その苦情の詳細を受け取り次第その事実を取り調べ、必要があれば配乗を変更する(九条。以下「不満約款」という。)

三  争点

1  貨物引渡義務

(一) 原告らの主張

被告は、本件船荷証券上の運送契約(以下「本件運送契約」という。)における運送義務の対価をなす運賃請求権及び担保権を有している上に、本件船荷証券の発行者であるから、本件運送契約の運送人である。そして、デマイズ・クローズは、平成四年法第六九号による改正前の国際海上物品運送法(以下「法」という。)一五条に違反し無効であるから、本件運送契約に基づく本件貨物の引渡義務を負う。

(二) 被告の主張

(1) 船長は船主の包括代理人であるから、被告が「船長のために」した本件船荷証券上の署名は、船主を本人とするものであり、また、本件船荷証券裏面約款にはデマイズ・クローズがあるから、被告は本件船荷証券の発行者ではなく、運送人ではない。なお、被告は、運送賃の代理受領権を有するにすぎない。

(2) 本件貨物は本件難破事故により全損し、引渡しが不能となった。

2  損害賠償義務

(一) 堪航能力保持義務違反(法五条)

(1) 原告らの主張

ア 被告は、1(一)のとおり、本件運送契約の運送人である。

イ 本件難破事故は、本船が老朽化し、十分な保守管理がなされておらず、船体能力(狭義の堪航能力)保持義務違反があったこと等の法五条が定める広義の堪航能力保持義務違反によって生じたものであり、本件貨物は同事故によって滅失した。船員の退船は、本船の浸水後に生じた本件難破事故に至る因果の流れの一部にすぎない。

(2) 被告の主張

ア 1(二)(1)のとおり

イ 本件貨物が滅失した原因は本船の難破であり、本件難破事故の原因は船員の退船であって、法五条の定める広義の堪航能力保持義務違反によるものではない。

(二) 運送品についての注意義務違反(法三条一項)

(1) 原告らの主張

ア 2(一)(1)アのとおり

イ 本船の船員が退船したことは、害意に基づく本船の毀棄行為であるから、仮に本件貨物が滅失した原因が船員の退船であったとしても、本件貨物は被告が運送品についての注意義務を尽くさなかったことによって滅失したものである。

(2) 被告の主張

ア 1(二)(1)のとおり

イ(航海過失免責)

本件難破事故の原因である船員の退船は、船舶の航行における過失ないし船舶の取扱いに関する過失であるから、仮に被告が運送人に当たるとしても、法三条二項により責任を免れる。

(3) 原告らの主張(航海過失免責の主張に対して)

ア 法三条二項は、害意に基づく本船の毀棄行為には適用されない。

イ 本船の船員及び船員らが属するバリワグ・ナビゲーションにとって、本件難破事故は二回目の沈没事故であり、被告には船員の選任及び監督について十分な注意と管理を欠いた過失があるから、法三条二項は適用されない。

(三) 善管義務違反(商法五六〇条類推適用等)

(1) 原告らの主張

仮に被告が運送人でなかったとしても、被告は、集荷から運送契約の締結までを自己の意思と裁量で行い、また、本船及び船長に対する指揮権を有しており、直接運送手段及びその条件に容喙し干渉し得る立場にあるから、商法五六〇条類推適用及び民法一条二項により、本件運送の損益帰属主体として、運送人や運送手段の選択に当たって、荷主に対して運送取扱人の注意義務と同様の善管義務ないし保護義務を負う。

本件貨物は、被告の同義務違反によって滅失した。

(2) 被告の主張

原告らの主張を争う。

(四) 使用者責任(商法七〇四条一項の類推適用)

(1) 原告らの主張

本件貨物は、船長又は船員の過失により滅失したものである。ところで、被告と船主との間の定期傭船契約には、船員使用約款及び不満約款が規定されており、また、被告は海上企業活動の利潤を得て企業危険を負担するという企業活動の損益帰属主体であるから、船長の使用者責任を基礎づけるに足りる地位と権限を有していた。したがって、仮に被告が運送人ではないとしても、商法七〇四条一項、六九〇条の類推適用により、本件貨物の所有者らに対して使用者責任を負う。

(2) 被告の主張

ア 被告は定期傭船者であり、被告と船長及び船員との間に指揮監督関係はなく、その使用者に当たらない。

イ 船長及び船員の過失は争う。

ウ (消滅時効)

(ア) 原告らは、遅くとも本件運送契約の債務不履行に基づく損害賠償請求権を訴訟物として本訴を提起した平成元年一二月一一日には、原告らが主張するところの被告の不法行為に基づく損害賠償請求権を行使することができたが、同日から起算して三年が経過するまで右不法行為に基づく損害賠償請求権を行使しなかった(原告らは、本訴状訂正申立書によってはじめて右不法行為に基づく損害賠償請求権を行使したが、同申立書を提出したのは平成五年一二月三日である。)。

(イ) 被告は、原告らに対し、平成八年一月一九日の本件口頭弁論期日において、右時効を援用する旨の意思表示をした。

(3) 原告らの主張(時効中断―消滅時効の主張に対して)

原告らは、平成元年一二月一一日に本件運送契約の債務不履行に基づく損害賠償請求権を訴訟物として本訴を提起したことにより、右不法行為に基づく損害賠償請求権の時効も中断した。

(五) 不法行為責任(民法七〇九条)

(1) 原告らの主張

仮に被告が運送人ではないとしても、被告は、堪航能力のない本船を運送手段として提供したことについて、民法七〇九条に基づき不法行為責任を負う。

(2) 被告の主張

ア 不法行為責任を問う場合の準拠法は、日本の法律ではない。日本の法律は累積的に適用されるにすぎない。

イ 被告は定期傭船者であり、本船の堪航性の保持義務を負わない。

ウ(消滅時効)

(四)(2)ウのとおり

(3) 原告らの主張(時効中断―消滅時効の主張に対して)

(四)(3)のとおり

第三  争点に対する判断

一 運送人の特定

1 法九条は、船荷証券に事実と異なる記載がなされた場合であっても、運送人がその記載について注意が尽くされたことを証明した場合には、その記載が事実と異なることを善意の船荷証券所持人に対抗できるとしているから(なお、同条は、平成四年法第六九号により改正されている。)、同条が適用される外航船舶の船荷証券は、有価証券ではあるが、いわゆる文言証券ではない。したがって、荷送人と海上物品運送契約を締結し、船荷証券所持人に対して契約責任を負う運送人が誰であるかを特定するに当たっては、重要な証拠である本件船荷証券上の記載を重視すべきであるとしても、運送人の特定は契約当事者の確定という契約解釈一般の問題であるから、当該契約成立の際の事情をも考慮して、被告が運送人に当たるかどうかを判断するのが相当である。

2 本件船荷証券裏面約款は、前記第二の二6(一)、(二)のとおり、一条において「運送人」とは船主又は裸傭船者をいうと定義づけた上で、「本船荷証券により証される契約は、貨物所有者と船主ないし裸傭船者との間の契約であるから、運送契約の違反ないし債務不履行による貨物の滅失毀損については、それが堪航性に関係するか否かを問わず、船主又は裸傭船者のみが責任を負う。」(二条一項)、「船長に代わり、又は船長のために本船荷証券に署名した運送会社又は代理人は、契約の当事者ではないので、運送契約から生じるいかなる責任も負うものではないことを同意する。」(同条三項)と規定している。

しかしながら、その一方で、本件船荷証券裏面約款は、前記第二の二6(三)のとおり、被告が運賃請求権及び担保権を有する旨規定している(一三条)。この点、被告は右運賃請求権及び担保権は代理受領権であると主張するが、右約款には代理して受領する旨の文言は設けられておらず、代理受領権と解すべき根拠はない。かえって、本件船荷証券裏面約款には、日本の法律が準拠法となること、及び被告が留置権、先取特権といった法定担保権を有することが明記されているところ、わが国の法制では、右の担保権は、当事者間の契約によって発生するものではなく、民法二九五条、三一八条に基づいて運送賃及び附随の費用を請求しうる者に与えられることから、同約款一三条は、全体として、被告が被告自身の権利として運送賃等の請求権及び担保権を有することを明らかにしたものと解するのが素直である(なお、法二〇条一項、商法七五三条二項は船長の留置権を、法二〇条一項、商法七五七条は船舶所有者の競売権を定めているが、被告は船長や船舶所有者ではないから、同約款一三条は、これらの権利を明示したものではない。)。そして、運送契約に基づく運賃請求権は運送義務の対価であるから、同約款一三条は、被告が運送人であることを前提とするものと解される。

そうすると、本件船荷証券裏面約款には、同約款一条、二条一項、三項と相容れない内容の規定が含まれていることになるから、これらの規定のみによって運送人を特定することはできないというべきである。ちなみに、前記第二の二6(二)のとおり、同約款二条二項では、同条一項の規定にかかわらず、船主又は裸傭船者以外の者が運送人である旨の判決がされることを予定した定めがなされており、たとえこの規定がアメリカ合衆国等における判決を念頭に置いたものであるとしても、なお、一条や二条一項によって運送人が特定されない可能性があることを同約款自体が認めているということができる。

3 被告は、バーンズ・フィルプ(ピー・エヌ・ジー)海運運送会社を代理人として、「船長のために」本件船荷証券に署名しているが、裸傭船契約が締結されていない場合には、船長は船主の包括代理人であるところ(商法七一三条一項)、本船については裸傭船契約は締結されていないから、右の「船長のために」という文言は、船主の包括代理人である船長のために署名するということであって、船主を本人とする趣旨と解される。それゆえ、本件船荷証券上の記載としては、右の「船長のために」という文言から、被告を代理人とする趣旨であることは明らかであり、表面上部に被告の社名を大きく冠した被告の専用用紙が本件船荷証券として用いられたからといって、被告を本人として表示したことにはならないと解するのが相当である。

4 もっとも、法七条一項六号は、船荷証券には運送人の氏名又は商号を記載しなければならないと定めているにもかかわらず、本件船荷証券には、船主の名称及び所在の表示がないことから、右の署名により運送人たる地位を取得する本人の特定が十分になされているかどうかは問題である。殊に、弁論の全趣旨によれば、現代においては、自己所有の船舶のほかに種々の形で他人の所有する船舶を利用して海上企業を営むことが多いこと、海運実務では一般に海上運送業者が運送の申込みを勧誘して契約締結交渉に当たり、荷主との間で運送に必要な事項を取り決め、運送賃を収受し、自己の商号を記載した用紙によって船荷証券を発行していること、船荷証券所持人が船主を特定する場合には、ロイズ船名録等を調査することとなるが、登録上の船主がペーパーカンパニーであるなど実質的な船主ではない場合も珍しくないこと、船荷証券を現実に発行する者は、一般に船舶が自己の所有か傭船かを荷主に伝えないため、船荷証券所持人は、そもそも裸傭船契約が締結されているかどうかを知り得ないのが通常であることが認められる。このように、船名又は船長名から船舶所有者を容易に知ることができた時代とは異なり、現代においては、本人の具体的な顕名がなければ、船長が誰の代理人であるかを容易に知り得ないことが多いのであるから、代理方式によって船荷証券を発行する場合には、文言証券ではないにしても、代理人として発行する旨表示するだけでは足りず、船主ないし裸傭船者の名称を具体的に顕名する必要が大きいというべきである。そして、たとえ船荷証券所持人が海運実務の知識をある程度有していることが多いとしても、海事法の特殊性を理由として、右のような調査の煩雑さとリスクを船荷証券所持人に負担させることは相当ではない。以上を総合すると、「船長のために」という文言は、単に被告が代理人として発行する旨を表示するにとどまり、船主又は裸傭船者の名称を具体的に顕名していない本件船荷証券は、運送人の表示を欠いているというべきである。この点、本件船荷証券裏面約款には、前記のとおり、運送人とは、船主又は裸傭船者をいうものと定義されており、また、前示のデマイズ・クローズがあることから、これらの規定によって運送人本人が明示されているとの考え方があるが、法七条一項六号にいう「運送人の氏名又は商号」とは、特定の個人名又は商号を指すものと解するのが相当である上に、船荷証券上に当該船舶が裸傭船されているかどうかが明らかにされていないことから、裏面約款の右各条項のみにより運送人本人が表示されていることにはならないというべきである。

そうすると、定期傭船者又はその代理人が「船長のために」という文言の下に署名したとしても、船主又は裸傭船者の復代理人として署名したものと評価すべきではなく、結局、右の文言は法律的に意味をなさないというべきである。

5 他方、本件船荷証券裏面約款は、前記2のとおり、被告が運賃請求権及び担保権を有する旨規定しており、さらに、甲一九の一、二及び弁論の全趣旨によれば、船荷証券上の運送賃は定期傭船料を上回ることが多いが、そのような場合であっても、船主は、運送賃回収の手間を省いて安定した収入を得るために、その差額を定期傭船者である被告に請求しない旨合意していることが認められる。それゆえ、被告が本件の運送について、ホールドクラウン・リミテッドから航海傭船契約上の運送賃として受領したかどうかにかかわらず、本件船荷証券上の運送賃は実質的にも被告に帰属しているということができる(被告が、定期傭船者の運送人性が否定されたとして引用する東京地裁平成三年三月一九日判決及びその控訴審判決である東京高裁平成五年二月二四日判決(いわゆるジャスミン号事件判決)は、定期傭船者とは別法人である航海傭船者の船舶代理店が、船主ないし船長を代理して運送賃を受領した旨を船荷証券に署名したという事案であり、この点で本件と異なる。)。

したがって、本件においては、被告を運送人であると認めるのが相当である。

6 本件船荷証券の裏面約款には、いわゆるデマイズ・クローズがあり、定期傭船者は本件貨物の滅失について責任を負わないとされている。しかし、本件においては、デマイズ・クローズは、運送人であると認定される被告の責任を船主が免責的に引き受けるものであり、運送人たる被告の責任を消滅させることを内容とすることから、荷送人、荷受人又は船荷証券所持人に不利な特約であって、その限りで法一五条一項に違反するというべきである(ちなみに、アメリカ合衆国や大陸法系の国では、デマイズ・クローズは公序に反するとしてその有効性を否定するのが判例の趨勢である。)。

なお、法一五条は片面的強行規定であって、運送人の責任を引き受けた船主の責任を否定すべき理由はないから(同条二項)、船主は、定期傭船者である被告とともに、本件貨物の滅失について運送人の責任を負う(すなわちデマイズ・クローズに免責的債務引受としての効力は認められず、重畳的債務引受となる。)と解するのが相当である(アメリカ合衆国でも、前記のとおり、定期傭船者と船主の双方に運送人としての責任を負わせるいわゆる複数運送人説が判例の趨勢となっている。そして、本件においては、本船の船主である分離前被告ブルー・シー・マリタイム・コーポレーションとの関係で、商法六九〇条又は民法七〇九条に基づく損害賠償請求権を認めた欠席判決がなされている。)。

二  被告が運送人として負う義務の内容

1  被告は、右一のとおり、本件運送契約の運送人として本件運送契約に基づき本件貨物の引渡義務を負っていたものである。ところで、原告らは、本件貨物が船積みされていたかどうか不明であるとして、被告に対して本件貨物の引渡しを求めるが、第二の二2において認定したとおり、本件貨物は約定どおり本船に積載されたものであるから、右引渡義務は本件難破事故により履行不能となって消滅したものと認められる。

2  堪航能力保持義務

甲六の一、二、甲七の一、二によれば、本船は、一九八八年一二月八日から同月九日にかけて、フィリピンの東方沖の海上を航行していたこと、両日における本船所在場所付近の気象状況は、風力四ないし五と穏やかであったが、同月一〇日に北東モンスーンが押し寄せ、同日午前二時ころの気象状況は、北東の風、風力七、北東の波高さ三ないし四メートルであったこと、このため、総トン数三九七三トンの本船は大きく傾いて沈みかけ、救命ボートが進水し、五名を除く乗組員は大波に流されたこと、しばらくして本船がまっすぐになったので、残った五名の乗組員は全員他の救命ボートに乗って船外に避難したこと、その後、本船は無人のままで漂流し、同月一八日に北緯一三度一三分、東経一二四度一三分の地点又はその付近で突然大きな破壊音とともに第二船倉のところで真二つに断裂して沈没していき、なお、船尾部分は破損して細かく周囲に散ったことが認められる。右によれば、同月一〇日の気象状況は総トン数三九七三トンの本船にとって危険なものであるとは認められないにもかかわらず、本船は全船員が本船を放棄して船外に避難しなければならない程度に大きく傾いて沈みかけたのであるから、本船が無人で漂流した原因は、その船体能力(狭義の堪航能力)不足であると一応認めることができる。

無人漂流後の断裂の原因は、暗礁等に乗り上げたことによる座礁であるのか、あるいは船体が老朽化し、波の力に耐えきれなかったことによるのかは必ずしも明らかではないが、甲七の一、二によれば、潜水夫は付近に暗礁等があることを指摘しておらず、逆に目撃証人の話によれば、本船が大波に打たれて破壊されたとのことであり、本船は航海に堪え得る状況ではなく、後者の原因により断裂したものと推認されないわけではない。そして、船荷証券所持人において不堪航であった事実を立証することの困難性にかんがみれば、船荷証券所持人が不堪航の事実を一応証明した場合には、運送人において堪航状態にするために注意を尽くしたことを主張立証しない限り免責されないと解するのが相当であるところ、被告は、その主張立証を尽くさない以上、堪航能力保持義務違反により本件貨物の滅失について損害賠償責任を負うというべきである。

なお、法五条は、堪航能力保持義務が運送品に対して行使する一般的な注意義務の前提となる基本的な義務であるために、法三条一項の運送品に関する一般的な注意義務とは別個に規定されている以上、堪航能力保持義務違反については、法三条二項の航海過失免責の特例は適用されないと解するのが相当であるから、同条項によって被告が免責される余地はなく、右のとおり損害賠償責任を負うこととなる。

三  損害賠償請求額

青丘物産及びジェー・シー・バイイング社が本件貨物の滅失によって被った損害額は、第二の二3(一)(1)、(二)(1)に記載した各シー・アンド・エフ価格であると認めるのが相当であるから、原告らは、被告に対して、右の各シー・アンド・エフ価格の損害賠償請求権を代位行使することができる。

四  以上によれば、原告らの本訴請求のうち、本件運送契約における堪航能力保持義務違反による損害賠償請求はいずれも理由があるから(ただし、付帯請求については、請求の日の翌日以降の分についてのみ理由がある。)、これらを認容し、その余の請求は理由がないからこれらを棄却することとして、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条ただし書を適用して(請求の趣旨によれば、原告らは、本件貨物の引渡しと損害賠償を併存的に請求しているように見受けられるが、このような請求をしたのは、本件口頭弁論分離前の他の被告らとの関係で主観的予備的併合とならないようにするためであると認められ、本件被告との関係では実質的には選択的に請求しているものと認めた。)、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官南敏文 裁判官小西義博 裁判官納谷麻里子)

別紙船荷証券目録<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
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